カメラをはじめて1年でプロカメラマンになった私。
そのきっかけになった出来事が、忘れもしない3月11日に起きた、東日本大震災でした。
津波で大勢の人の命が一瞬に奪われる光景を見て
「やばい、人って、無力だ」
そう思うのと同時に
「やれる時に、やりたいことをやらないと、、、」
そんな感情で心が埋め尽くされました。
「急いで、プロカメラマンになろう」
その日から、そんな気持ちでいっぱいになりました。
それが、カメラをはじめて1年の時の話。
この時はまだ、カメラの用語が全然わからないんです。
わからない用語の代表は
「露出」
ってなくらいに、わからなかったです。
そんな状態なので、挑戦するのは超怖い。
だけど、一歩踏み出さなければ
「やりたい」
と、思ったことに、少しも近づくことは出来ないと思ったんです。
なので、片っ端から、カメラ事務所にメールやら、電話やらしました。
年齢が決して若いわけでないので、断られることが多数。
でも、そんな中に数社だけ、契約カメラマンとして仮採用してみようか?という会社があったのです。
私は、ダンスを撮ることには自信があったのですが、最初にいただけたお仕事は結婚式撮影。
「よくそんなのに挑戦したな」
と、思われるかもしれませんよね。
「人様の大事な門出の写真を、失敗するわけにはいかない」
「カメラはじめて1年の男が一人で撮るってどうよ!?」
と、批判をあびることがわかっているだけに、撮影が近づくにつれ、ものすごく恐怖になったのを覚えています。
その恐怖に打ち勝つために、当時お世話になったカメラマン事務所に、撮影予定日の1ケ月前から毎日通って、先輩の写真を見ながら撮影のシュミレーションや、どの場面でどんな設定をするのか?などをひたすらチェックしてたんです。
本当に毎日事務所に来るもんだから、社長から
「写真をこんなに見に来るの、あきらちゃんくらいかな」
そう言われるくらいでしたが、とにかく怖さを乗り越えるのには、これしか打開策を見出すことが出来なかったんです。
そんなことを経て、いつの間にか、ブライダルではベテランカメラマンに。
得意だったダンス分野では、踊るカメラマンTEAMで、後進を育成するようになりました。
『現場に出る恐怖心につぶされそう』
だった、あの時の自分が
「これがあれば、安心できるんだよな~」
というものを作りたくて、PhotoFanの講座を作りました。
PhotoFanの講座は
楽しい!だけど、楽しだけじゃない。
現場でそのまま使える
を、モットーにしているのは、私のこの過去の恐怖体験が原動力になっています。
3月11日の今日
自分のカメラマン活動を、ふと、振り返ってみました。